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| 母を最初は自分だけで介護しようと思った。 いまはあらゆるサービスを利用し、 仕事も続けている |
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| 石川県能美郡辰口町/山崎はるみさん(50歳) | ||||||||||||||||||||||||
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老人保健施設・陽翠の里のデイケアに行くまでの準備をする。着替え、排泄の介護のあと食事だ。富子さんは自力で食事ができる。食欲は旺盛だ。時々細い声で「イタイー」と足や肩の痛みを訴えたり「アツイー」と言う以外、しゃべることはない。ご飯に味噌汁、煮物を少しずつまんべんなく食べ、仁地さんにパンも要求した。肌のつやも良いし、穏やかないい顔である。 9時30分、迎えの車が来た。富子さんはレクリエーションやリハビリを含めて、水曜日は陽翠の里で介護を受ける。富子さんを見送り、ヘルパー・訪問看護婦と家族の情報交換誌「あんしんノート」に書き込んで、今日の仁地さんの介護は終わる。 富子さんは、表のように月曜日から金曜日まで現在ほぼフルコースのサービスを利用しているといえる。しかしここまでの道のりは決して簡単なものではなかった。
義母の状態を見たはるみさん(50歳)は、「このままではいけない。私が絶対治してやろう」と決意した。9月末のことだ。寝た状態で退院、在宅介護が始まった。勤めていた会社の社長の理解もあり、休職して介護に専念することにした。病院からもらった薬は全部捨てた。 「まず食事の管理、そしてリハビリ。ベッドの上で柔軟体操を繰り返し、徐々に強くしていくことで、ついにポータブルトイレも使えるようになりました。次は心を鬼にして無理やり歩かせました。3歩が10歩となり、だんだんに歩けるようになりました」 見違えるように回復した富子さんの姿を見て、平成5年4月、はるみさんは職場に復帰した。この間、住居を隣町から辰口町に新築、移転した。富子さんはリハビリのため健康センターに通った。保健婦さんと作業療法士が対応に当たった。しかし7年3月、富子さんは脳梗塞で入院。ここから苦しみの日々が始まった。
「毎日毎日どうなることかと思った。たまらないし、頭が変になりそうだった。母を助けたいし仕事も続けたかったし。健康センターに相談に行ったら本当に親身になって考えてくれました」 加齢とともに富子さんの体力は衰えていった。平成8年6月、保健婦さんや仁地さんたちスタッフは、健康センターに出向いてのリハビリは無理だろう、と判断した。こうして仁地さんを中心としてケアプラン作成会議の上、介護プログラムが組み立てられていった。
こうして、訪問診療、訪問看護、陽翠の里のデイケアと利用するサービスがふえていった。施設に入れるという選択もあったが、はるみさんはどうしても家で介護したかった。 「家族の協力は私を勇気づけてくれました。健康センターには快く相談に乗ってくれて本当に感謝しています。入れ歯が合わなくなって相談したら、その日のうちに歯医者さんが来てくれ、すぐにつくってくれました。保健、医療、福祉の連携がとれていて、この町に越してきて良かったと思っています。母がこのまま元気で生をまっとうしてほしいと願うばかりです」 とはいえ、山崎さんのケースはまれである。留守宅を訪問するわけだから、鍵を預かることになる。他人を家に入れることに抵抗感がある家庭も多い。お互いの理解や信頼がなければ成り立たない。山崎さんの場合、お互いに何でも相談して多くの時間を費やしたことに大きな意味がある。 辰口町の高齢化率は平成10年4月、15.4パーセントに達した。町長を先頭に健康長寿のまちづくりに積極的に取り組んでいる。ホームヘルプをはじめ無料のサービスが多い。高齢者の健康づくり事業として体育館・児童館・公民館を併せ持つコミュニティーセンターを6地区に整備、活動も活発だ。また、閉じこもり予防推進事業も各区の公民館を中心に展開している。 辰口町は健康センターを中心に新しい波を起こす期待を十分に感じさせた。
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