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| 59歳でアルツハイマー症となった 妻を看取った5年間。 |
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| 山口県下関市/三好 實さん(71歳) | ||||||||||||||||||
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どうも和子さんの物忘れが激しいのだ。スプーンやフォークなど、引き出しなどにしまったものが、どこにあるのかわからなくなってしまう。しかし、まだ59歳。「お前、ぼけたんじゃないか」とは口にしたものの、まさか痴呆症にかかっているとは思いもしなかった。 その後、和子さんの体重が減り始めたこともあり、食事は實さんがつくるようになったが、和子さんは入浴・着替え・排便なども自力ででき、7年前から続いてきた娘夫婦とのスキー旅行や町内旅行などにも積極的に参加した。 そして平成6年の初め、一つの事件が発生する。娘夫婦と旅行した際、和子さんが旅館の浴場から上半身裸のままで、自室に帰ってしまったのだ。驚いた實さんは、旅行後、大学病院の脳神経科で診断を受けさせた。その結果は、「アルツハイマー性痴呆症」。すでに左脳の半分以上の脳細胞が死んでおり、写真には黒く写っていたという。勧められて、厚生省指定の試験薬を飲ませたものの好転はなし。今後は右脳が侵されるのを、いかに遅らせるかしか方法はないとのことだった。
ところが平成8年に入って、和子さんの症状は進行した。長年行きつけていた美容院からの帰り道がわからなくなり、送られてきたこともあった。徘徊行動も見られるようになり、警察にも4回ほどお世話になった。最初に捜査を依頼した際、「和子が着ているものが何か、はっきりと答えられなかった」という反省から、以後は服装、履き物など、簡単に覚えられるものに変更した。また、家の門には鍵をかけ、集金や検針などで門内に入る人のために、事情を書いた看板を掲げて、入退出時には必ず鍵の開閉を行うよう協力を依頼した。 さらに、この年の後半には、家の外の雑草やゴミなどを家の中に持ち込んだり、靴やつっかけを食卓や台所に持ち込むなどの行動も見られるようになった。自力での排泄もむずかしくなり、家中の掃除と体洗いで戦争のような状態となった。風呂と洗濯が1日に4回。水道代と電気代が倍以上となり、水道局から「水漏れがあるのでは」との問い合わせもあったという。 この時期、實さんがもっとも悩んだのが入浴。「おむつはいやだろうと使わずに、そのたびに洗ってあげようとしましたが、女性として、男性の前で裸になることへの抵抗感から、下着を脱ぐのをいやがったり、洗っている途中で『なんでこうなったの』などと言って泣き出す。どうしていいか途方に暮れました」
また、3月より新しくサービスが始まったデイサービスを、毎週月・水・金曜日の週3回利用することとした。「初めの1か月くらいは行くのをいやがりましたが、皆さんのお世話にも慣れ、やがていそいそと迎えの車にも乗るようになりました」 介護を始めて4年、一人で介護を行ってきた實さんに、この経験は新しい刺激を与えた。「スタッフの方々のことば遣いや態度に接して、目が開かれる思いでした。しなければならないことならば、いやな顔をせずに、進んでやろう。そうすれば和子も喜んでくれる」。そのために、老人会などの付き合いもやめ、今後10年以上は続くだろう和子さんの介護に、生活のすべてあてることにした。 こうした實さんの介護により、食事時に「ごめんなさい」といったことばが聞かれるなど、和子さんの症状は徐々に良くなっていくように思われた。 しかし、最期は突然やってきた。平成10年1月18日、朝8時ころに、なかなか起きてこない和子さんを起こしにいくと、すでに死後6時間がたっていた。死因は急性心不全。64歳での旅立ちだった。 和子さんの死後、實さんは、かかわっていた「くるみの会」の副会長として月に1回、会合に参加し、介護体験談を語ったり、関係団体との話し合いなど、積極的な活動を行っている。「私のささやかな体験が、少しでも皆さんのお役に立てば、和子も喜んでくれると思うのです」 そう語る實さんの口調は、最期まで介護をやり遂げた満足感からか、さわやかだった。
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