BetterCare

百人百色の介護 子どもたちと遠く離れ
故郷のグループホームで仲間と暮らす
 長崎県島原市/小島キミコさん(80歳)

  17年間続いた一人暮らし

グループホーム親和の現在の入居者は女性7名、男性1名の計8名だ

 小島キミコさんのご主人の喜代蔵さんが、脳梗塞で70歳で亡くなったのは1982年のこと。以来、今年の9月、グループホーム親和に入居するまで、キミコさんの一人暮らしは17年間続いた。5人いる子どもは、すべて東京と大阪で仕事と家族を持つ。隣町に弟とすぐ上の姉が住む、住み慣れたまちで暮らすのが一番いいとキミコさん自身も考えていた。

 子どもたちは、年に何回か帰省する。また、長女のキミカ(53歳)さんが週に2〜3回電話するのをはじめ、子どもたちからはしょっちゅう電話がある。三男の子どもである小学生の孫からは、毎朝、電話の定期便だ。それでもさびしくなれば、タクシーを飛ばして、姉や弟のところへ行く。

 そんな生活に、陰りが出たのは97年の冬のこと。同窓会への出席のため帰省したキミカさんが、夜遅く帰宅すると、キミコさんが起きている。「心配で心配で、何回も玄関を出たり入ったりした。心当たりに電話しようとしたところだ」と言う。「子どもでもあるまいし、大げさすぎる。ちょっと変だな」と感じたキミカさんだったが、そのときは、仕事が立て込んでいたこともあり、大阪へと家路を急いだ。

 そして、翌年の5月。キミカさんが弟の戸籍抄本を送ってくれるよう、念を押して頼んだところ、送ってきたのは兄のもの。大学で老年看護学を教えるキミカさんだけに、すぐに「これはおかしい。早く帰って様子を見なければ」と気はせくものの、大阪と島原は遠距離。結局、次に帰省したのは、12月のことだった。

  保健婦室に相談に訪れる

キミコさん(左)は料理が得意。いつも食事づくりの手伝いをしている

 久し振りに顔を合わせたキミコさんから聞かされたのは、「ショッキングな話」だった。キミカさんが帰省する日にちをまちがえ、お寿司をとってしまい、むだにしてしまったというのだ。「痴呆が進んでいる。もはや、だれかの力を借りなければ、一人暮らしは続けられない」。そう思ったキミカさんは、相談のため島原市の保健婦室(現保健センター)を訪れた。

 相談を受けた保健婦室では、早速、関係者による会議が持たれた。その結果、ホームヘルプサービスを火曜日と金曜日の週2回、デイサービスを木曜日に実施することとし、家族との窓口を島原市在宅介護支援センター淡淡荘の保健婦、酒井洋子さんが担当することにした。ところが、キミコさんは、だれにも増して、「人の世話になるのは申し訳ない」と考えるタイプ。そこで、酒井さんをはじめ、ホームヘルパーが何回か自宅を訪問し、徐々に慣れてもらい、2か月後、ホームヘルプサービスとデイサービスの二つがスタートした。

  服薬確認のためサービスを増やす

グループホーム親和。坂本内科医院が運営している

 2月にはキミカさんの帰省を待って、第1回のケース会議が開催された。これは、在宅介護支援センター、ホームヘルプ、デイサービス、保健センター、福祉事務所など、介護に関係するスタッフが一堂に会し、本人や家族も交えて、情報を交換するとともに、今後の方針を確認する会合だ。

 その1か月後、キミコさんの血圧が高いことが、デイサービスのバイタルチェックで発見された。そこでホームヘルパーの付き添いのもと、自宅近くの林内科医院で受診したところ、治療の必要ありとの診断。

 ここで問題になったのが、服薬の確認だ。これまでも、キミコさんは日常生活の中で、しばしば物忘れすることが見受けられた。高血圧の治療では、薬を途切れることなく服用する必要がある。そこで、ホームヘルプサービスを、これまでの火曜・金曜日に加え、月曜日も行うこととし、水曜日には保健センターの保健婦が訪問指導を、土曜日には在宅介護支援センターのスタッフが訪問し、服薬の確認を行うこととした。

  環境が違う場所での生活は簡単ではない

 治療の甲斐があって、キミコさんの血圧も安定した。しかし、痴呆の状態は徐々に進行する。タクシーでお釣をもらい忘れるなど、金銭管理の問題も生じてきた。時折、「夜一人になると、泣きたくなるほどさびしくなる」といったキミコさんの声も、酒井さんは耳にした。

 実は、同居のことはキミカさんも考えていた。2月のケース会議の際、「だれと住みたいのか」と聞かれたキミコさんが「娘と」と答えたのだ。「長男一家」と答えるだろうと考えていたキミカさんはびっくりしたが、それならば、大阪に呼び寄せようかとも考えた。しかし、島原と大阪ではことばをはじめとして、環境が大きく違う。特にキミカさんは都会でのマンション暮らし。オートロックや水道・ガスの操作など、新しく覚えなければならないことがたくさんある。かえって、ストレスのもとになるのではないか、それならば、しばらくこの状態を続けようと考えたのだ。

  初めての見学で「ここがよかね」

グループホーム親和には、デイサービスセンターが併設されており、週2〜3回、入居者もレクリエーション等に参加する

 キミコさんが、さまざまなサービスを利用するようになってから、またたくまに半年が過ぎた。今年の8月、久し振りの長い休みがとれたキミカさんは、約1週間、キミコさんと同じ時間を過ごした。そこで感じたのは、キミコさんの痴呆が、以前に比べてかなり進んでいることだった。

 食事は不規則、食べたかどうかの記憶も怪しい。健脚だった歩行機能も落ちている。火の始末も心配。24時間いっしょにいるからこそわかることだった。

 このまま在宅での介護を続けるべきかどうかを相談するため、キミカさんの帰省中、ケース会議が開かれた。席上、問題行動が出た場合は、島原保養院での入院治療も考えられること、加えて特養ホームへの入居、配食サービスの利用など、いくつかのサービスが紹介された。

 そのひとつに、グループホームがあった。職業柄、プロの介護のもと、自宅と同じようなペースで暮らすことができるこの施設の有効性を知っていたキミカさんは、その日のうちに、キミコさんといっしょに見学することにした。

 最初に訪ねたのは、古い民家を利用したグループホーム。自宅から徒歩で5分という好立地だったが、キミコさんの反応はいまひとつ。ところが、2番目に行った「グループホーム親和」に入るやいなや、キミコさんの口から出たのは「ここがよかね」のことば。日ごろ、自分の意見をあまり言わないキミコさんだけに、キミカさんは驚いた。

 早速、「兄弟と相談し、西有江町の叔父にも見学してもらい」(キミカさん)、トイレと浴室に近い部屋を予約。オープン間もなくでもあり、定員9人中の7人目としての入居が決まった。

  これまでと変わらない生活ペース

島原市在宅介護支援センター淡淡荘の酒井洋子保健婦

 もちろん、初めての共同生活に不安はあったに違いない。キミカさんが帰阪したあと、「さびしかけど、思いきって行こうかな」と言ったキミコさんのつぶやきを酒井さんは耳にしている。しかし、入居の前日、デイサービスを中座し、最後の確認をしにグループホーム親和を訪れたキミコさんは、自慢気に酒井さんにこうささやいた。「いいでしょう」

 グループホーム親和は、今年の4月にオープンした。現在8人の入居者に対して、4人の専従スタッフを中心に介護を行っている。入居者の年齢は75〜96歳。キミコさんは若いほうだ。

 一日の生活は、6時の起床から9時ころの就寝まで、ほとんどこれまでの生活とペースは変わらない。

 もうひとつ変わらないのが、キミコさんの一番の楽しみ。さまざまなスケジュールが始まる朝の8時半ころ、それがない場合は夜の6時過ぎ、電話が鳴ると、キミコさんは、名前を呼ばれる前に自室を飛びだす。ときには直接電話にでることも。それが、毎日欠かさずあるキミカさんからの電話だと知っているからだ。


● 島原市の介護環境



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