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| 愛知県瀬戸市/大橋五十鈴さん(51歳) | |||||||||||||||||||||||||||||||
大橋かな枝さんは、1921(大正10)年2月の生まれというから、ただ今81歳である。地元瀬戸の商家の長女に生まれ、瀬戸の商家に嫁いだかな枝さんは、四男一女の子どもに恵まれたが、すでに夫は35年前に他界し、長男も昨年7月に亡くなっている。 この世代のお年寄りにとっては避けて通れなかった戦争をはさみ、稼業に、子育てに人一倍励んできたかな枝さんは、その老後を長男の家の離れで送っていた。それが突然、一人娘で末娘の大橋五十鈴さん一家に“居候”するようになったのは、1年半ぐらい前からのことであった。 あるとき、五十鈴さん夫婦がかな枝さんをリンゴ狩りに誘ったのだが、その帰り道のかな枝さんのひと言、「今日はうちに帰りたくないから、ちょっと泊めて」が、そもそものきっかけになったという。 そのころのかな枝さんはすでに、傍目から見ても元気なころのかな枝さんではなくなっていた。物忘れは激しくなるし、掃除好きだった面影もすっかりなくなり、時折、幻聴、幻覚に悩まされ、あらぬことを口走るようにもなっていた。 心配した五十鈴さんは、週に一度ぐらいの割で母のもとに通っては、身の回りの世話をしたり、話し相手になったりしていた。時には、気分転換をさせたいとの思いから、夫婦で外に連れ出したりしていた中での、かな枝さんの予期せぬ“逃避行”だったのである。 かな枝さんは帰りそびれているうちに、長男の死に遭遇。五十鈴さんは事の成り行き上、かな枝さんを正式に引き取る決意をする。 「こちらが気楽だというものですから、つい。うちも主人の母と同居しているもんで、気にはなったのですが。でも、姑(77歳、夫は20年前に他界)はとても元気で、この家が良ければどうぞと、すごく理解してくれた。それに主人も優しいので、母も来れたんだと思います」と五十鈴さんが言えば、夫の誠さんは「皆で集合体というか、共同体というか、ごく自然に暮らせばいいかなと思いましてね。食事なども皆一緒ですよ」と続ける。(五十鈴さんは実家でも、嫁ぎ先でも「大橋」姓である。偶然の一致ではない。夫の誠さんとは親類同士の関係にあった。こんなところにも、かな枝さんがすんなりと受け入れられた秘密があったのかもしれない)
「要介護三」の認定を受けたかな枝さんは、ある通所リハビリ(デイケア)に通うことになったが、ある日、どこでどうなったのか、来るべきかな枝さんがそこには来ていなかった。むろん大騒ぎになったが、かな枝さんは周囲の心配をよそに、なぜか「ミニデイサービス『まごころ』」の事務所に来ていたのである。この出来事があって、かな枝さんはデイケアを辞めた。回数にして、ほんの四〜五回通っただけだった。
かな枝さんにとっては、すでに通っていた「ミニデイサービス『まごころ』」に比べデイケアで過ごす時間はしっくりした、おもしろいものではなかったのである。 五十鈴さんによれば「『まごころ』さんで、何かつくってくると、もうすごくうれしい顔をして、いつもちゃんと見せに来る」のだそうだ。 昨年3月ころ、かな枝さんは、急に足元がおぼつかなくなり、家族を心配させたことがあった。原因は多発性脳梗塞からくるものであったが、大事には至らず、今では階段を自力で昇降するほどすっかり元気になっている。五十鈴さんの家に来たころは「要介護三」の認定が今では「要介護二」になった。 このところ日増しに生活への意欲を取り戻しつつあるかな枝さんにとって、「ミニデイサービス『まごころ』」の存在はやはり大きいと、家族や周囲の者は皆認めている。
ところで介護保険導入後、デイサービスは、在宅介護の中核として一気に増えてきているという。現在、全国には約9800か所あるといわれているが、課題も多い。その一つに内容が画一的というものがある。40〜50人の利用者を限られた人員で運営していくには、どうしても画一的な内容に陥りやすく、マンネリ化もしてくる。利用対象者の中には「お年寄りの幼稚園」と敬遠する人もいるそうだ。 そのサービスの狙いと対象において、一概にデイサービスとミニデイサービスとを比較することは難しい。しかし、今、ミニデイサービスが注目され始めているのは、介護保険制度に組み込まれていない身軽さであり、5〜6人の小集団を対象とするがゆえに密度の高いコミュニケーションが展開できる可能性であろう。 かな枝さんの例に見るまでもなく、ミニデイサービスは利用者一人ひとりを生き生きさせていく可能性を秘めている。お年寄りは周りの接し方一つで、良くもなり、悪くもなるものなのだ。 「『まごころ』さんは、やはり声かけが違うのだと思うんですよ。一人ひとりに声かけをする。ここに何か意味があると思うんですね」と五十鈴さんも証言している。
6月19日、水曜日。この日は「ミニデイサービス『まごころ』」が開かれる日であった。毎週水曜日と第一・第三土曜日に開かれる。萩山保育園内の片隅にある別棟が、会場である。10人も入れば、もう一杯となる。 この日の利用者は常連の5人。かな枝さんもその一人だ。これに対するスタッフは6人。9時半ごろから迎えに行って、10時ちょっと前には全員がそろう。この日のプログラムはちょっと歌を歌った後に、工作の壁掛けづくりが始まる。昼食は、スタッフ手づくりの巻き寿司といなり寿司。食事を終えると、「まごころ」恒例の歌唱が本格的に始まる。昔の小学唱歌や童謡が中心だ。9月28、29日の両日、NPO 法人取得三周年記念イベントが開催されるが、ここでも日ごろの成果を発表する。自ずと熱が入ってくる。 利用者とスタッフの交差した笑い声は絶えることがない。こせこせしたところがない。みんな自由である。利用者もスタッフもみんなくつろいでいる。時間はただゆったりと流れていく。
住民参加型の在宅福祉サービスの提供を目的に「瀬戸地域福祉を考える会」が任意団体として発足したのは90年9月。 この間、介護保険制度の導入で、「福祉」を取り巻く環境は大きく変わった。同会においても、行政側からの強い要請もあって00年9月、特定非営利活動法人(NPO法人)「瀬戸地域福祉を考える会『まごころ』」として再出発することになる(瀬戸市で第一号のNPO法人)。 同法人は、これまでの在宅福祉サービスに加えて、00年の4月から本格的に乗り出していたミニデイサービス事業(宅老所運営事業)に力を入れた。主に介護保険制度の恩恵にあずからない人たちの支援を目ざしたのである。 「自立している人を支えていくことこそ、介護保険対象者を少しでも減らすことになり、保険料の負担を抑えることにもつながっていきます。要介護度の高い人を減らすには“引きこもり”をなくすこと、食事面を解決することが課題といわれています。月六回のミニデイサービスですべて解決するとは思いませんが、解決の糸口になる可能性は大いにあるはずです」と同法人代表理事の大秋恵子さんは言う。 同法人のミニデイサービス事業は、今年度から瀬戸市の委託事業となり、年間230万円の委託料が下りることになった。さらに市からは、もう一か所今年中に開設するよう同法人に要請があるという。瀬戸市としては、04年度までに「ミニデイサービス『まごころ』」を含め四か所の開設を目論んでいる。 |back| |