BetterCare
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百人百色の介護 早過ぎるのも困るけど、
遅すぎるのも困るよな。
人間の一生、ほどほどでいいんじゃないの

 東京都八王子市/浜野智さん(56歳)

    母・喜美子さん(大正14年生まれ)78歳。
60歳過ぎまで経理の仕事を続け、
銀座のバーの会計係や、雀荘の“おばさん”もやったし、
浜野さんの会社設立時には経理事務を手伝った。
今年3月まで大森の都営アパートでひとり暮し。
それが、まさかまさか、痴呆症とは……
  ひとり暮らしの喜美子さんに電話すると昼間は元気な声が返ってきた。それが3月に入って同じ文面のハガキが届くようになり「さびしい、さびしい」と書かれたハガキが3日続いた。「見れば見るほど不安を掻き立てられた」と浜野さん。日中の笑顔の表情も夜9時ころには無表情に変わってしまう

 見てると、不思議ですよ。ケアマネジャーさんとか外部の人が来たり、診療所に連れて行くと、「ずいぶんしっかりしてますね」と言われるけど、会話が成り立つのは時と場合によって。わずかの時間です。介護認定のテストに同席してびっくりしました。「野菜の名前を10、言ってください」と言われて、一つしか出てこない。「この人はだれですか」と僕を指差して尋ねても、答えはなし。人間は壊れものだと思いましたね。人がそうなるってことは頭の中ではある程度想像していても、いざ自分の身内に起きてみると、とてもじゃないけど信じられないんですよ。

 母のようすがなんかおかしいと感じたのは去年の11月、大森の母を訪問したときです。同じ話を繰り返す。でもそれ以外なんてことなかったので、年寄りだからしようがないんだなと聞いていただけでした。電話でもしょっちゅう話をしていて、普通だったんですよ。痴呆の症状が出ていたなんて、思いもしなかったんです。ところが12月31日、いつものように年末年始をわが家で過ごす相談をしていて、すでに自分で電車に乗って目的の駅まで行くということができなくなっていることがわかった。それでアパートの隣人に新宿まで送ってもらい、わが家へ連れ帰りました。そこでやっと、これは尋常でないぞと気づいたんです。

 困ったなと思いながら具体的な手を打たずに正月明けに母を送って行き、ひとり暮らしは2月まで続きました。3月のある日、「空き巣に入られた」と電話がかかってきた。“お金がなくなることは明日がなくなること”そんな思いに駆られたんだろうと思います。それを機に痴呆が急に進んでしまい、ひとり暮らしができる状態ではないと、引き取りました。

 今にして思えば、1月の時点で準備しておくべきだった。でも、母親が日常生活できないという事態を認めたくないという思いがあって、ついつい一日延ばしにしてしまったんですね。


    短歌を詠んだ喜美子さんが
東京都と大田区から賞状をもらったのは平成2〜3年のこと。
そのころが人生を謳歌したピークなのか。
今はノートを前にしても何も書かない。
喜美子さんの回路は、どこかが詰まり、ショートしてる……

 どうしてそうなるのか、不思議なもんですね。自分も今にそうなるかもしれないって思いながら見ています。うちは78歳で死ぬ者の多い家系なんです。死とは違うけど、節目が来たなという感じですかね。

浜野さんは喜美子さんを連れだし、わざわざ15分かけて遠くのスーパーに散歩がてら買い物に行く。喜美子さんに景色はどう映っているのだろう  

 母が家で暮らすようになったのがちょうど桜の季節で、散歩道の両サイドは桜が満開。なのに何も見てない。もともと短歌をやるくらいだから季節や自然や花には関心が深いはずですよ。ひょっとしたら母が一番大事にしてた部分じゃないのかなあ。それが無反応になってしまうんですね。これがアルツハイマーという病気なんだと実感すると同時に、怖いなと思いますね。

 ただ長年の生活習慣で炊事洗濯は気になるらしく、女房が炊事を始めると周りをウロウロしています。やろうとする意思はある。だけど、油物の食器を水でざっと流すだけだったり、乾いていない洗濯物を取り込んでたたんでしまったり、結局は手間が増えてる。危険なことはないにしても、目が離せないという状況です。こちらにゆとりがもうちょっとあれば、自分の食事をつくらせたり、じっくり見守ることもできるんでしょうが、なかなかそうもいかないですから。

 24時間付き添うのは不可能です。寝ていても、多い時には30分おきにトイレに立つので、目が覚めてしまう。恒常的寝不足状態ですよ。どこか安心できるところに預かっていただくのが、一番の安息。週二回のデイサービスと、月に2週間のショートステイを利用して、こちらが参らないようにしています。


    ほとんどの人が介護未経験。
体験をオープンにして伝え合い、話し合う、
そういう機会がもっとあっていいはず。
自分から話すと、同じ境遇の人が
あちらにもこちらにも結構いるものだ……
  今日のおやつは、高校生のお孫さんがつくってくれたチーズケーキ

 母親が同じ症状の友だちがいて、耐えられずに暴力をふるってしまった話をしてくれて、「短気になるな」とメールをくれました。

 僕は東京の下町、墨田区のはずれで育ったんですが、モルタルの小さなアパートはどこの家も出入り自由。寝転がってもいいし、ご飯時には一緒に食べたものです。人間関係が濃かったんですね。老人の問題も役割分担して知恵を出し合うことができた。ところがこの大団地はまったく別の世界。隣にどういう人がどういう生活をしているかまるで見えない。だれにも相談できないのが現実。本来一番役に立つのはご近所さん。同じような経験をしている人が必ずいるはずなんですけどね。妙な社会をつくったもんだなあと思います。

 これから僕たち団塊世代が高齢者になる。20年後、どうするんだろう。今でさえ、ショートステイはキャンセル待ち、滞在型は3〜5年待ちで、思うように取れない。先のことを考えると、恐怖感さえ持ちます。

 どうしたって老人は、身体が元気で精神がおかしいか、精神はしっかりしていてからだがだめか、どっちかですからね。なかには仕事でお目にかかった92歳の元大学教授で、見た目も若く文章をどんどん書いている老人もいますから、個人差は大きい。

 僕は、あるところで早いとこ、いなくなりたいですね。長生きすることが美徳だとする風潮がありますが、必ずしもそうは思わない。ライフワークがあって死ねないという人はいくらでも長生きしてくれていいけれど、人生やり尽くしちゃった人はほどほどでいいんじゃないかなあ。


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